December 07, 2004
blogは何のためのツールであるかということと、それは誰のために書かれるのかということについて。
金曜日に「Web and Internet Applications Day」というイベントに出掛けてきたのだが非常に示唆を受ける部分があった。
3つあったセッションの内のひとつ、『セッション1: Blog』である。パネリストは柴田淳(ゾープ・ジャパン)、ひらただいじ(シックス・アパート)、伊藤直也(はてな) 、ただただし(tDiary開発者) の各氏。セッションは基本的にパネリストと聴衆の討議形式で進められたのだが、そのなかで「なんでblogを始めても続かないんですか」みたいな質問があった。それにパネリストのなかの誰か(誰だったかは失念)が答えて曰く。
「blogはパブリッシングのためのツールであって、本来の意味での日記、つまりその人の内面を吐露するような個人的な文章を書くためのツールではない。そもそもパブリッシングをする必要のない人に使ってもらう必要はないのではないか」
3日も経ってかなりあやふやになっている記憶から書き出しているので、表現はかなり違っているかも知れないが、発言の内容としてはこんな感じだったとおもう。
個人的にはこれは的を射た発言だと思う。blogを知らない人にblogを紹介するときに「インターネットで日記が書ける」みたいな表現が使われることが多いためか、どうもblogイコール日記という図式があるように思うが、blogというシステムそれ自体はCMSの流れを汲むものであって、元来パブリッシングのためのツールだ。日本のインターネットコミュニティに昔からあったWeb日記にしても、書き手の多くは読者の存在を前提として書いており、やはり「本来の意味での日記」ではない。
……筈なんだけど、どうなんだろうな、と思う部分もある。実際にはユーザはblogをそのようには使っていないかもしれない。少し前にgooが出した『第9回:Blog に関する調査』というのがあって、その中に「あなたがblogを作成する理由は何ですか?」という項目がある。それによると、6割以上の人は「自分の備忘録として書き残したい」と答えている。つまりパブリッシングツールではなく、ドキュメント管理ツールとか文書作成ツールとか、そういうノリでblogを使っているユーザが実は相当数いるかもしれないという。読者の存在を前提とせず意識もせず、自分のためだけに文章をぶっ書いて居られるという。まあ、この設問は複数回答なので、動機の一つとして備忘録的な使い方があるというユーザがその選択肢を選んだ結果、こうなってるのかもしれないけど。
で、セッションでの話に戻るのだが、その後に出た発言のなかに、「パブリッシングはコミュニケーションの一形態であり、blogというツールによってそれを促進できるのではないか」、「書かせるための動機付けをしてあげられるようなギミックを、システムの中に取り入れていくことができないか」というようなものがあった。また、聴衆のなかの誰かの発言に、「カフェで居合わせた女子大生っぽい2人連れが、blogのアドレスを相手に尋ねていて、『ああ、blogがコミュニケーションツールとして使われているんだなあ』と思った」というのもあった。その辺の発言をまとめて、また僕自身の考えていることと合わせたりして、ここに書き下ろしておきたい。
先ず、blogがどのように使われるかということについて整理したい。blogというシステムを使って何かを書くとき、その目的は人それぞれであろう。ここでは、「誰を読者として想定しているか」という観点から、以下の3つの分類を考える。
- パーソナルなblog
- コミュニケーション・ツールとしてのblog
- パブリッシング・ツールとしてのblog
それぞれについて簡単にまとめると次のようになる。
「パーソナルなblog」では、読者は自分1人。自分以外の誰かに読まれることは意識しない。書かれる文章の内容は、本来の意味での日記、あるいは備忘録やメモと呼ばれるようなものとなる。
「コミュニケーション・ツールとしてのblog」では、読者は自分と直接つながりのある人たち。つまり友人とか家族とかそのへん。書かれる内容としては、内輪向けの話題提供や、近況報告が中心になる。内輪でしかわからないニックネームや隠語がふつうに使われたりする。
「パブリッシング・ツールとしてのblog」では、読者は世界中のあらゆる人たち。そこまで行かなくても、日本人全員とか、IT業界に居る人全員とか、自分と直接つながりのない人たちを含む広い範囲の読者を想定して書かれる。自分の意見を表明する、あるいは自分の体験を伝えようとする、そういった意図を持って書かれるものである。
現在のblogを見ると、上に挙げた3つの分類が入り混じった状態となっている。もちろんそれが問題だとか悪いことだとか言うのではなく、現状がそうなっているというだけである。それに、ある一つのblogの中に、個人用のメモとしての記事と、自分の意見を表明するための記事が同時に存在するのも、至ってふつうに見られることだ。すべてのblogを上の3つの分類にきっちり分けることは無理だろう。
ただ、現在は過渡期であるとは思う。
続く。
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