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僕も社会人になって、周りの友達もだいたい社会人になって、酒を飲むと会社の愚痴がつまみになるようになった。会社に100%満足してる人はそんなに居ないので、だいたい会社のどこが駄目かとかそういう話を聞くのだが、話を聞いていて、これは明らかにダメな会社だ、ダメな職場だと思うこともしばしばあり、そういうときには大抵、さっさと次を探して辞めたらどうかと言うようにしている。
そうしていて気づいたのだが、世の中には、会社を辞めるのが、倫理的に好ましくないこと、それこそ盗みや殺しと同等の行為であるとしている人がそこそこの割合でいるようである。僕のようなプラグマティストからすると、人間関係や仁義のようなバイアスが多少はあるにしろ、会社を辞めるかどうかは基本的には損得勘定の問題であり、精神的充足や金銭的対価、社会的評価など、そういった諸々を自分の価値観で重み付けして天秤に乗せて、より良い方を選ぶのが合理的だろうと思う。しかし、そういった人たちは、合理的な判断を拒絶し、今居る会社に止まることを選ぶようである。なぜそうするのかと訊いてもロジカルな返答が帰ってくることはなく、「ならぬものはならぬ」的なよくわからん答え方をするのだが、別に会津藩じゃないんだからもっと柔軟にやればいいじゃないかと思う。
生まれてから現在に至るまでのどこかでそういう感覚を刷り込まれたのだろうが、どこで刷り込まれたのか不思議である。親の教育の影響が大きいのかと思うがよくわからない。いちど刷り込まれてしまうとそこから抜け出すのはけっこう大変なので、ああいうのを刷り込む人は罪深いなとおもう。

